加藤諦三さんの名言集

瀬戸内寂聴の名言集をご紹介しています!

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女性でもね、男性でもね、自分が幸運なときね、運が向いているときね、必ず悪口を言われるの。悪口を言われるということはね、悪口を言いたくなるほどね、その人が幸運なのよね。

相手の立場に立ってモノを考えれば、人間は他者のためにどんなことでもできるのです。相手の立場を想像する力、相手の欲することを与えることが「愛」です。相手が何を欲しているかを考えてください。相手の身になってしたいことをしてあげればいいのです。

心のこだわりをなくそうとするなら、まず人に施すことからはじめてください。施すのが惜しい時はなぜ惜しいかを徹底的に考えてみることです。

お返しを期待しない、感謝の言葉も求めない。それが本当の奉仕です。

「念ずれば花開く」という言葉があります。私は何かをするとき、必ずこれは成功するという、いいイメージを思い描くようにしています。

もし、人より素晴らしい世界を見よう、そこにある宝にめぐり逢おうとするなら、どうしたって危険な道、怖い道を歩かねばなりません。そういう道を求めて歩くのが、才能に賭ける人の心構えなのです。

世の中は常に変化し、人生には予期せぬことが起こり、そして、人間は必ず死ぬ。こう覚悟しておけば、度胸は据わります。大変な災害に遭おうと、会社をリストラされようと、「ああ、これこそ世の習い」と感じることができれば、慌てふためくことはありません。※この世の絶対的法則は「無常」である「空」であるということですね。

死ぬまで煩悩を抱えて生きるのが、人間というものです。煩悩を完全になくせばブッダですが、世の中はブッダばかりになってしまったら、ちょっと困るでしょう。

自分の愛情をどんどん相手にプレゼントすれば、増えたの減ったので悩むことはありません。

自分を愛してもらいたいから、相手を愛する、それが渇愛です。自分を忘れて他人に尽くす仏様の慈悲は正反対ということです。慈悲はお返しを求めません。

憎しみは愛の裏返しです。嫉妬もまた愛のバロメーターです。

自分が孤独だと感じたことがない人は恋愛は出来ない。

人は、人を愛していると思い込み、実は自分自身しか愛していない事が多い。

どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒やしてくれます。そのことを京都では「日にち薬」と呼びます。時間こそが心の傷の妙薬なのです。

恋を得たことのない人は不幸である。それにもまして、恋を失ったことのない人はもっと不幸である。

お子さんに「何のために生きるの?」と聞かれたら、「誰かを幸せにするために生きるのよ」と答えてあげてください。

人は、不幸のときは一を十にも思い幸福のときは当たり前のようにそれに馴れて十を一のように思います。

人生にはいろいろなことがあります。しかし、悲しいことは忘れ、辛いことはじっと耐え忍んでいきましょう。それがこの四苦八苦の世を生きる唯一の方法ではないかと思います。

人生はいいことも悪いことも連れ立ってやってきます。不幸が続けば不安になり、気が弱くなるのです。でも、そこで運命に負けず勇気を出して、不運や不幸に立ち向かってほしいのです。

人間は善悪両方を持っています。それを、自分の勉強や修行によって、善悪の判断をし、悪の誘惑に負けずに善行を積んでいくことが人間の道なのです。

人に憎しみを持たないようにすると、必ずキレイになりますよ。やさしい心と奉仕の精神が美しさと若さを保つ何より化粧品なのです。

人の話を聞く耳を持つことは大事です。もし身の上相談を受けたら、一生懸命聞いてあげればいいのです。答えはいりません。ただ聞いてあげればいいのです。

生かされているのですから素直に有り難いと思いましょう。生きている値打ちがあるから生かされているのですもの。

人は所詮、一人で生まれて、一人で死んでいく孤独な存在です。だからこそ、自分がまず自分をいたわり、愛し、かわいがってやらなければ、自分自身が反抗します。

心の風通しを良くしておきましょう。誰にも悩みを聞いてもらえずうつむいていると病気になります。信頼できる人に相談して、心をすっとさせましょう。

いくつになってもおしゃれ心を失わないこと、好奇心を失わないこと、若い人とつき合うこと。これが若さを保つ秘訣です。

私は自分の手で探り当て、自分の頭で考えて、納得したことでないと信じない。

病気は神様の与えてくださった休暇だと思って、ありがたく休養するのが一番いい。

楽しいことを一生懸命考える努力をしたほうがいい。嫌なことが多い世の中に負けてはダメ。

あなたはたった一つの尊い命をもってこの世に生まれた、大切な存在です。

生きるということは、死ぬ日まで自分の可能性をあきらめず、与えられた才能の芽を大きく育て、大輪の花を咲かせることです。

別れの辛さに馴れることは決してありません。幾度繰り返しても、別れは辛く苦しいものです。それでも、私たちは死ぬまで人を愛さずにはいられません。それが人間なのです。

どんなに好きでも最後は別れるんです。どちらかが先に死にます。人に逢うということは必ず別れるということです。別れるために逢うんです。だから逢った人が大切なのです。

人生とは、出会いと縁と別れです。出会ってから別れるまでの間に、嬉しいことや悲しいことがあって、それを無事に越えていくことが生きるということなんです。

愛する者の死と向かったとき、人ははじめてその人への愛の深さに気づきます。「私の命と取り替えてください」と祈る時の、その純粋な愛の高まりこそ、この世で最も尊いものでしょう。

人間に与えあられた恩寵に「忘却」がある。これは同時に却罰でもあるのですが。たとえ恋人が死んでも、七回忌を迎える頃には笑っているはず。忘れなければ生きていけない。

「いままで、たまたま道連れでいてくれたんだ。ありがとう」と思えばいい。


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