アルフレッド・アドラーは「嫌われる勇気」などで有名な神科医、心理学者、社会理論家です。

アドラーの言葉や書籍が注目されるようなったきっかけは、今までの心理学、カウンセリグの考え方とは違うアプローチだったからでしょう。

「やる気がなくなった」のではない。
「やる気をなくす」という決断を自分でしただけだ。

「変われない」のではない。
「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。

「親が悪いから」
「パートナーが悪いから」
「時代が悪いから」
「こういう運命だから」
責任転嫁の典型的ないいわけである。

今までの心理学やカウンセリグの場面では

・「やる気がなくなった」⇒ やる気がなくなった要因を外に探す

というアプローチだったわけですが、アドラーの場合、

・「やる気がなくなった」⇒ やる気をなくすという決断を自分でしている

という、結構きっついアプローチになっています。

どちらというと、「自分を変えていけば、問題は解決する」という東洋的なアプローチですね。

人生が困難なのではない。
あなたが人生を困難にしているのだ。
人生はきわめてシンプルである。

未来は自分で決めていける。
目的の持ち方で未来は変えられる。
過去の解釈の仕方で今は変えられる。

アドラーの言葉は「周囲の人に嫌われても、よりよい自分に変革していく」という考えなのではないかと個人的には考えています。

今、この瞬間から自分は大きく変化できると考えて行くことが大事ですね!


 

人から好かれたいという気持ちを捨てること。
「承認欲求」は自由を阻害する。
相手が自分を嫌いかどうかは相手の課題。

 


 

性格は今、この瞬間に変えられる。

 


 

幸せの三要素は
自分自身が好きかどうか。
よい人間関係を持っているかどうか。
そして、人や社会に貢献しているかどうか。

 


 

暗いのではなく、優しいのだ。
のろまではなく、丁寧なのだ。
失敗ばかりではなく、たくさんのチャレンジをしているのだ。

 


 

意識と無意識、理性と感情が葛藤する、というのはウソである。
「分かっているけどできません」とは、単に「やりたくない」だけなのだ。

 


 

すべての悩みは対人関係の課題である。

 


 

勇気とは困難を克服する活力のことだ。
勇気のない人が困難に出会うと、人生のダークサイドへと落ちていってしまうだろう。

 


 

人生における、全ての失敗の原因は、自分の事しか考えていないことにある。

 


 

今、生きている現実がどのような状態でも、そこに留まるか、素晴らしい世界へ向かうか、今よりもっとつまらない世界に生きるかは、すべてあなたが心に描くものしだいです。

 


 

理不尽な上司や学校の先生に無理やり認めてもらう必要はない。
市場価値の高い人になればいい。
より大きな共同体で考えればいいのだ。

 


 

どうしたらみんなを喜ばすことができるかを、毎日考えるようにしなさい。
そうすれば憂鬱な気持ちなど、吹き飛んでしまいます。
反対に自分のことばかり考えていたら、どんどん不幸になってしまいますよ。

 


 

自分を嫌う人がいるということは、自分が自由に生きていることの証です。

 


 

できない自分を責めている限り、永遠に幸せにはなれないだろう。
今の自分を認める勇気を持つ者だけが、本当に強い人間になれるのだ。

 


 

楽観的であれ。
過去を悔やむのではなく、未来を不安視するのでもなく、今現在の「ここ」だけを見るのだ。

 


 

自分は役立っていると実感するのに、相手から感謝されることや、ほめられることは不要である。
貢献度は「自己満足」でいいのだ。

 


 

叱られたり、誉められたりして育った人は、叱られたり、誉められたりしないと行動しなくなる。
そして評価してくれない相手を、敵だと思うようになるのだ。

 


 

自分のことばかり考えていないだろうか?
奪う人
支配する人
逃げる人
これらの人は幸せになることができないだろう。

 


 

「やる気がなくなった」のではない。
「やる気をなくす」という決断を自分でしただけだ。
「変われない」のではない。
「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。

 


 

「親が悪いから」
「パートナーが悪いから」
「時代が悪いから」
「こういう運命だから」
責任転嫁の典型的ないいわけである。

 


 

たとえ不治の病の床であっても、天を恨み泣き暮らすか、周囲に感謝し余生を充実させるか、それは自分で決めることができる。


 

未来は自分で決めていける。
目的の持ち方で未来は変えられる。過去の解釈の仕方で今は変えられる。

 


 

妻の機嫌が悪い時に、夫が責任を感じてはいけない。
不機嫌でいるか、上機嫌でいるかは、妻の問題。
その課題を勝手に背負うから苦しいのだ。

 


 

不安だから外出しないのではない。
外出したくないから、不安を作り出しているのだ。
外出しないという目的が先にあるのだ。

 


 

仙人のような世捨て人でさえも、実は他人の目を気にしているだ。

 


 

人生が困難なのではない。
あなたが人生を困難にしているのだ。
人生はきわめてシンプルである。

 


 

健全な人は、相手を変えようとせず自分がかわる。
不健全な人は、相手を操作し、変えようとする。

 


 

自分だけでなく、仲間の利益を大切にすること。
受け取るよりも多く、相手に与えること。
幸福になる唯一の道である。

 


 

悲しいから涙を流すのではない。
相手を責め、同情や注目を引くためにないているのだ。

 


 

判断に迷った時は、より大きな集団の利益を優先することだ。
自分よりも仲間たち。
仲間たちよりも社会全体。
そうすれば判断を間違うことはないだろう。

 


 

カッときて自分を見失い怒鳴ったのではない。
相手を支配するために、怒りという感情を作り出し利用したのだ。

 


 

苦しみから抜け出す方法はたった一つ。
他の人を喜ばせることだ。
「自分に何ができるか」を考え、それを実行することだ。

 


 

「世話好きな人は、単に優しい人なのではない。相手を自分に依存させ、自分が重要な人物であることを実感したいのだ。」

 


 

人生には3つの課題がある。
1つ目は「仕事の課題」
2つ目は「交友の課題」
3つ目は「愛の課題」である。
そして後ろの方になるほど解決は難しくなる。

 


 

重要なことは人が何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすか。